この日、私は初めての経験をした。
TVドラマなどの衝撃的な場面で、貧血を起こして倒れるような光景を見る事があるけれど、そんな事があるのだろうか。。。と、冷めた目で見ていた。。。
が。。。自分に起きた(^_^;)。
「3月に入ったら、血液検査に来てください」と言われていたので、「何か変」と気になる事が有り、少し早めに病院へ。
先生に「食欲も有りますし、お散歩は絶好調、お腹の調子も問題なく、取り立てて症状は無いですけど、何かのはずみでたまに咳が出て、何か変だと思うんですけど」とお話した。
先生は念のためレントゲンを撮り、腫瘍が見つかった。
「僕は胸線腫ではないかと思いますが、リンパ腫、或いは他の可能性もあるので、少しでも早く精密検査を。」
「僕の所見通りなら、形状が綺麗なので、手術で今なら取れるのではないか」と。
ここまでは自分でも不思議なくらい冷静に話が聞けた。
多分、玲雄の年齢を考えれば、何か出て来ても不思議ではないと、常々思っていたからだろうか。。。
そう遠くない将来、玲雄の介護が始まるかもしれない。。。
いつかはわからないけれど、彼を送る時は必ず来る。。。
その覚悟はできないが、少しづつでも、心の準備をしようとは思っている。
先生は「ただ、僕はこの手術をしたことが無いので、直ぐに大学病院で検査を受けて、手術が可能なら、大学病院で手術を受けるのが良いと思います」と、続けられた。
私の中では全く想定外の展開。。。
「大学病院?入院?そんな事、玲雄には無理」瞬間そう思ったので、「大学病院での手術だと入院も、あるのでしょうか?
玲雄は13歳、年齢的な事を考えると、手術や入院は不安なのですが、他の治療法は無いでしょうか?」とお聞きしてみた。
「大学病院で手術をすると、通常抜糸まで2週間くらいは入院だと思いますが、この子は体力があるので、13歳でも十分手術は可能だと思いますよ。」
「恐らく、この場合、抗がん剤などの治療での効果はあまり期待できないと思います」と、先生が仰った。
それでも、玲雄を2週間も入院させたら、それで命を落としてしまいそうで、恐ろしく、「進行すると玲雄は苦しいのでしょうか?」
と、お尋ねすると「心臓を圧迫する場所なので、最終的には呼吸困難になり、安楽死も視野に入れて考える事になるかもしれません」
「今なら手術が可能かもしれないし、手術をすれば、完治も望めるかもかもしれないので、僕は手術を勧めます」
先生のお話を伺いながら、段々吐き気がして来て、物のたとえで無く、目眩がした。
「大学病院で手術をし、2週間入院」でなければ「呼吸困難で安楽死」
他の方が聞けば、迷う余地など無いと思われるだろう。。。
けれど、玲雄と13年間暮らして来て、「この子はどこかに預けたら、捨てられたと思い、死んでしまうのではないか」と私は真剣に思っていた。
随分前になるが、縁あって、呼吸困難を起こす子を見守る経験をした事が有り、その時の事を今でも忘れられないでいる。
なので、どちらも私には、選べるはずもなく。。。
頭ではしっかり先生のお話を伺わなければと、頑張ろうとするけれど、心はもう聞きたくないと拒否していたのだろうか。。。
感情を抑え込もうとすればするほど、吐き気、目眩が酷くなり、自分の意思に反して、立っていられなくなった。
先生も驚かれて、座らせて頂いたけれど、どうにもならず、一旦待合室で、休ませて頂き、なるど氏に電話をかけた。
夕方近かった事も有り、なるど氏に早めに仕事を切り上げて、病院へ来てもらうことにした。
結婚して、20年目に突入したけれど、今まで一度もこんな事は無かったので、なるど氏も驚いたようで、何も聞かずに「わかった」と電話を切った。
なるど氏が来るまで、車の中で待つ事にした。
車に戻ると、少し落ち着き、ふと、友達とその週に約束をしていた事を思い出し、キャンセルの電話を入れた。
事情を話すと、友達の方が泣き始め、彼女の感情が電話口から伝わってくるにつれ、冷静さを取り戻して行く自分を感じた。
感情をあらわにできず、押し込めようとしたので、あんな事になったのか。。。
彼女が私の代わりに泣き、感情を吐き出してくれたお陰で、私の中で急速に膨らんだストレスが、萎んだような感覚だった。
暫くして、なるど氏が来てくれた頃には、普段の自分に戻っていた。
二人で先生のお話を伺い、なるど氏と先生の間では、「大学病院で検査を受けて、可能なら手術」の方向で話は進んだ。
私は隣で話を聞きながら、内心「手術はしたくない」と思っていた。
家に帰って、「なぜ、私だけがこんなに手術を回避したいのだろう。。。」良く良く考えてみた。。。
一つには「玲雄を知らないところに2週間も預けたら、死んでしまうのではないか」と言う強迫観念。
もう一つは、「玲雄は13歳、玲雄の寿命が後、どれだけ残っているのか解らない。
それなのに、今、元気に暮らしている玲雄に、痛い思いをさせ、苦痛と不安を与え、命のリスクを抱えてまで手術をする事が玲雄の為なのか」と言う疑問。
後。。。「手術中に、あるいは入院中に、もしもの事が有れば、玲雄は一人で逝ってしまう」どんなに心細い思いをさせるだろうか。。。
今にして思えば、先生もなるど氏も、良くなる事を前提に話を進めている中、私一人が、悪い事ばかりを考えて、悩んでいたのだから、話がかみ合う訳がない。
と、わかるけれど、その時は私一人取り残されたような気持になった。
結局最後まで、私は答えが出ないまま、先生となるど氏によって進められていく、流れに逆らう事はしなかった。
自分の中で、どうしても結論が出ないときは、状況が流れて行く方向に委ねる方が、結果が良い事が多い、今までの人生で感じている事だ。
結局、「呼吸困難で苦しめるくらいなら、術中にもしもの事が有ったとしても、玲雄を苦しめることは無い、自分の目の届かない所で逝って欲しくないと言うのは私の気持、エゴ?」
ここにたどり着いて、やっと自分を納得させた。
それにしても。。。
ショックで目眩がして、立っていられなくなる自分など、想像した事もなかった。
大学入学と共に、一人暮らしを始め、十年以上、それなりに色々あったけれど、一人で何とかやっていた。
結婚してからも、病気になっても、トラブルが起きても、どんな時でも、なるど氏に仕事を休んでもらった事は無い。
こんなに危うい自分が居た事に、自分でも驚き、情けなくも思ったけれど、知らなかった自分に出会ったような気がした。